約3300字です。
・金鹿の学級、翠風ルートのクロード・シャミアの支援会話&ペアエンドから妄想した2次創作小説です。翠風ルートのネタバレを含みます。
・クロードに口説かれたい方に。
・ニンドリ5月号で明かされた、公式設定だけど作中に登場しない設定を使用しています。(参考)https://www.ndw.jp/fefuuka-08/
・Take Five
Take Five
「それにしても….。運命的なものを感じますね。こんなところで再会するなんて。」
男は隣に座る女を見やる。
「…そうか?」
彼女の前に置かれている氷の詰まった酒器は結露し、大きな水滴が今にも垂れ落ちそうだった。
女の飾り気のない左手の人指し指が、それを拭う。
その仕草を、男はぼうっと眺めていた。
TAKE FIVE—
ガルグ=マク近くの街の酒場で、二人は酒を酌み交わしていた。
「何年ぶりですかね…。懐古的な気分になってガルグ=マクに来てみれば、シャミアさんに会えた…、なんて、夢のようですよ。」
「…たまたま通りかかったら、またあの場所で昼寝をしているのだものな。クロード。」
シャミアは目を閉じて、酒器を傾ける。氷が酒器の硝子を叩く。クロードは彼女の重力に逆らえなかった前髪の奥に、整った横顔を微かに見る。
クロードは、見たことを気付かれないうちに視線を外した。胸の鼓動がやまないのは、酒の所為ばかりではない。
三十路をとうに超え、少しばかり大人になったつもりでいたが、彼女の仕草を追っていると、潜在的に抱えていた想いがあふれ出しそうになる。
TAKE 1
『
例えば、酒器を傾けた時の横顔、唇。
その唇の行く先が、酒器ではなく、自分の唇だったとしたら…
俺がゆっくりと彼女の顎を引き上げて、今まさに、唇を重ねようと…
いや、落ち着け…。そうじゃなくて…
何を考えているんだ…
』
「先生にでも、会いに来たのか?盟主様…いや、元盟主様か。」
シャミアは前髪をかきあげる。その仕草に一度外した視線を持っていかれているうちに、ほんの少しクロードの方を向いたシャミアと目が合った。全身の血が一瞬で沸き立つ。瞳だけで体の中心を射られたように。
TAKE 2
『
あなたの髪を、俺の指で梳きたい。
そして、その瞳をもっと、もっと近くで覗きたい。
もっと近くで覗いたら…、やはりその時は、俺の事だけを映しているんだろう。
さらに近くで見たくなって、どんどん近づくうちに、瞳はやがて閉じられて…
…って。だから!落ち着け!
』
「…ええ。…人生の一区切りがついたので、報告に……」
クロードはできるだけ平静を装った低い声で、余計な単語が入らないように気を付けながら話した。シャミアは口角を少し上げ、そうか、と呟く。
「それで、シャミアさんは?カトリーヌさんに会いに?」
「あながち間違いではない。この間の仕事が騎士団からの依頼だった。後払い分の報酬を受け取りにきたところだ。…そうだな、折角だ。私から一杯奢ろう。」
シャミアはクロードの空の酒器を指さし、店主を呼び、彼のために酒を注文する。クロードは少し慌てて、それなら俺からも、と店主に注文をする。
TAKE 3
『
……注文した酒に、「ちょっとした薬」を入れることは造作もないかもしれない。一口呑めば、俺のことを求めて、しなだれかかってくるかも……
…いや、実際には入れなかったとしても、「ちょっとした薬」を入れたようなことを仄めかしつつ、言葉を尽くして誘ってみる…か?
……相手はシャミアさんだ。どちらにしても見抜かれる。
…待て待て、そういうことじゃなく…。ああっ、畜生!
』
互いが互いのために注文した酒で、乾杯し直した。
「人生の一区切り、か…。今思えば、戦後、君には先生の傍や、同盟の盟主として、フォドラの治世に携わるような、そんな役割もあったように思うが。」
シャミアは含みを残した物言いでクロードをけん制する。
「君はあの軍の頭脳だった。ネメシスまで撃破した、卓上の鬼神だ。」
「……卓上の鬼神、ねえ。」
クロードは苦笑いをして眉間に皺を作り、頭を掻いた。
「…俺は己の野望の実現のために、暗躍していただけですよ。…戦争の前も、後も。」
そして勢いよく酒をあおってから。
「そしてその野望は、どうやらそれなりの実を結んだ。だから、今は。俺の居場所を変える時だと感じて。」
そう言って、シャミアの方を向きなおす。
すると彼女は、その紫水晶にも似た瞳を、まっすぐに、クロードに向けていた。
「……随分と大人になったものだな。」
TAKE 4
『
……駄目だ。目が逸らせない。でも、これ以上直視したら、加速度的に血液が波打って、耐えきれなくなった心臓が、弾け飛びそうだ。
大人になったと、いうのは、少しは認めてくれた…ということで、もし俺があなたを口説いても、はぐらかさないで聴いてくれるということなのか?
…頭が朦朧とする。姿を映すたびに、声を聴くたびに、あなたを知りたくなって。
そうすること以外、何も考えられない。
これはもう、
彼女が俺の酒に「薬」を入れたとしか……
……
……
いや、冷静に、冷静に…。そんなわけがない……
』
クロードはよこしまな思念を振り払い、今度は自分からシャミアに続けざまに質問をする。
「……シャミアさんは…戦後、ずっと傭兵を?…居場所は、どこに?」
シャミアはくすりと笑い、答えていく。
「…質問が多い奴だな。…あの後も、私のやることは何も変わらない。居場所は幾度か変わってはいるがな。」
酒器を傾けながら、いつもより若干饒舌なシャミアが言葉を続ける。
「ああ、そうだ。そういえば、パルミラには行ったぞ。」
クロードはうっかり落としそうになった酒器を握り直した。戦争中、シャミアを口説こうとして、勝手に約束を取り付けようとしたことを思い出す。
「パルミラ…。ここから見て、あなたの故郷と逆方向の地…。どうでした?」
シャミアはその約束を覚えていて行ったのだろうか。
「そうだな。いいところだった。皆明るくて、こざっぱりしていて、後腐れがない。」
クロードは、ほっと胸をなでおろす。それも束の間。
「ちょうど先代の若い王が即位した頃でね。一目見に行ったが、なかなかいい男だったぞ。名前は、確か……」
「待って……!」
決して大きくはないが、僅かに切なさを含んだ声に、シャミアは息を飲んで、口を噤んだ。
TAKE 5
「…待って、シャミアさん……」
『 もう何も、考えられない。 』
訪れた沈黙に、クロードは一度俯いて、深く息を吸い込んだ。ゆっくりと息を吐きだして、時間をかけて頭を起こし、シャミアを見つめる。
彼の、余りに熱を含み、色めいた瞳に。
シャミアの心臓は、今まで感じたことのない程のない速さで鼓動する。
「…あなたのその声で、唇で、初めてその名を呼ぶときは……」
煽情的な声色で、
「もっと特別な場所で、もっとあなたを近くに感じながら…、聴きたいんです。」
彼女の心を乱す。
「……例えば、あなたの吐息を、唇を……。この身に感じるほど、近くで……」
シャミアは彼の熱のこもった瞳に耐えきれず、目をそらし、酒器を見る。気付けにするには十分であることを確認し、一気に飲み干す。
鼓動はやまない。
学生時代に、戦時中に、それとなく自分を口説こうとしていた青年が、自分の為すべきことを為し、年齢なりの品を供えた大人になって、再び目の前に姿を現した。
昔は適当にあしらえたが、今は…
シャミアは脚の長い椅子から降りようとして、少しだけよろめく。
咄嗟に立ち上がったクロードが抱きとめる。
見た目よりも広い胸。
「……大丈夫ですか、シャミアさん。」
耳元に熱のこもった彼の声。
「……少し、酔ったみたいだ。」
「送りましょう。…宿は?」
「……」
シャミアは、答えなかった。
クロードは、少し考えて。
「歩けますか?」
「……ああ。」
彼女の腕を自分につかまらせ、店を出た。
◆◆◆
何度も重なる唇が、熱く、溶ける。
漏れる吐息が、次第に荒くなる。
彼女は唇を離し、今度は彼の首筋に唇を落とす。
少しずつ上になぞり、彼の耳元に、吐息交じりの声を届ける。
「………ード…」
それ以上の言葉は要らなかった。
◆◆◆
朝、さえずりで目を覚ます。
隣に彼女が眠っている。
名を呼ばれた記憶が、彼女の息遣いと共に蘇る。
『 シャミアさん、これは刹那的な偶然…?それとも… 』
彼は自嘲してから、彼女が目を覚ましたら、旅に誘おうと考えていた。
世界中を回る奇跡的な瞬間が積み重なったら、振り返った時はきっと、恒久的な必然。
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