※アカネイアにないであろうものが登場します。
現パロだったり、アスク召喚だったりと、
皆様の趣向で背景をお決めください……。
※目安時間:5分程度
The Perfect Shot
月明かりも不確かな夜が、密やかに更ける。
煉瓦の街並みに、静かな灯りがともる。
こんな夜にはこの店に、ひと際美しいあの客が。
カラン ……
扉のベルが、来客を伝えた。
その客が階段を降りてくる足音は、上質な音楽を聴いている心地がして、私の心は華やいだ。
私はいらっしゃいませと声をかけて、頭を下げる。客はこちらを見て、手のひらをヒラリとさせた。やはり彼だ。私は上着を預かり、いつもの席に通した。
彼は伸ばした美しい金髪をいつもと同じように緩く束ね、飾り気の少ない上質なローブを着こなしていた。顔立ちも佇まいも秀麗で、所作からは気品が溢れた。きっと、どこかの貴族に連なる方なのだろう。彼はいつもの席にゆったりと腰を下ろし、グローブを外した。
「いつもの、貰えるかな」
かしこまりましたと返事をして、私は彼のいつもの一杯目を用意する。
その間に、
カラン ……
新しい来客だ。初めての女性のお客様だった。
彼女は店内に入ってすぐ、カウンターにいる彼と目が合った様子で、彼の微笑みに少しぎこちなく微笑み返した。彼から三つほど離れた、カウンター真ん中にほど近い席に座った。
「……ブルームーンを」
「かしこまりました」
彼女は酒を待っている間、手近なところから調度品などを見ていた。カウンターに置いてあるランプ、酒棚、グラス……。そうして少しずつ遠くを見ているうちに、彼と再び目が合ったようだ。彼は穏やかに微笑んだ。まるで優しい月のような微笑み。彼女は少しだけ頬を染めた。気があるとか、好きだとかではなく、ただ美しさに圧倒されているのだろう。
彼のほうはそれを知ってか知らずか。
「今日は一人ですか?……もしよろしければ、隣に座っても?」
彼女はできるだけ落ち着いて、ゆっくりと、どうぞ、と返した。
彼は自分の酒を彼女の隣の席に置くように私に示して、自分はゆっくり席を立った。一歩彼女に近づくたびに、花の香りが立ちこめるようだった。
私は彼のグラスを置き、続けて彼女のグラスをカウンターに並べる。
「……へぇ、ブルームーンですね。スミレのいい香りがする」
彼はそう言って、彼女の隣に座った。
「今日は月明かりが頼りないから、ここで見られてラッキーだ」
彼はそう言って、悪戯っぽく微笑んだ。純真無垢とか甘だるさだけとか、そういうものとは一線を画す、少しほろ苦くてスパイシーで、大人を篭絡する笑顔。二人はブルームーンを媒介に、月や星の話をし始めた。
来店した彼女からなんとなく感じた、寂しそうな、独りで居たいような雰囲気。そんな靄みたいなものが徐々に取り払われていく。二人の間に優しい会話が続いている。少し悔しいけれど、今日は私よりも、彼のほうがバーテンダーらしい。
「……話していたら、なんだか私も飲みたくなってきたな。……マスター、私にもブルームーンを」
私は笑顔で返事をして、本日二杯目のブルームーンを作り始める。彼女は月の密やかな優しさに癒されて、表情はふんわりと明るい。少し打ち解けて、心なしか声色も楽しそうに弾んでいる。
「……ん?さっき飲んでいたのは何かって?」
彼は私にウィンクをする。
「あれには名前がないんです。マスターと相談して、私好みのレシピで作って貰っているんですよ」
私は、こくりと頷いた。彼女はおずおずと、飲んでみたいと言った。
「おっと……。なんだかまるで、飲んでいたグラスを交換したみたい、ですね」
わざと思わせぶりに、妖艶に話すものだから、彼女も少し笑っている。
「……少し強いお酒ですよ。大丈夫?……眠くなっちゃうかもしれませんよ?」
彼は少しだけ大げさなセリフを、わざと挑発しているとわかるように言って、彼女は、構わない、と言った。彼は胸に手を当てて目を閉じ、彼女に軽く頭を下げた。それはまるで王女に忠誠を誓う、騎士のようだった。
「かしこまりました。……マスター、彼女に私のお酒を」
私も少し仰々しい素振りで、胸に手を当てて承った。
グラスに注いで、彼女の前に出す。先ほどまで彼が飲んでいたのと同じ酒。
「優しいようにみえるけど、すぐに酔ってしまいますよ。……きっとね」
彼はそう言って自分のブルームーンを持ち上げた。
「素敵な夜に。乾杯」
そこから、一口、二口。
彼が言っていたように、彼女はカウンターに伏して眠ってしまった。
「……ほら、眠ってしまった」
彼は私に笑いかけた。
「あんな簡単な暗示にかかってしまって……。可愛い人だ」
彼はブルームーンのグラスを彼女に向けて、乾杯のしぐさをとった。
「あなたの悲しみが、ほんの少しでも消えますように」
彼女の寝顔にそう語りかけて、ブルームーンを飲み干した。そして独り言つ。
「こんな夜に、独りで、ブルームーンを注文するなんて。訳ありなんだろうね。……ほら、指輪の跡がまだ新しい。……次は狡い男に騙されないように。例えば、俺みたいな、狡い男に……」
彼が自嘲したようにも見えた。
彼の指示で、彼女の飲みかけのグラスは片付け、代わりに彼が飲み干したブルームーンのグラスを置いた。花の香りが残っている。
ブルームーンを飲んだ後、酔ったあなたは眠ってしまった。
もしかしたら割と気分のいい夢を見たのでは?
そういうシナリオにしておいてくれ、と。
チップを上乗せして支払いを済ませた彼は、また来るよ、と月明かりの頼りない夜に消えていく。
しばらくして目覚めた彼女は、少しぼんやりしたあと、
いい夢を見ました、と照れ笑いした。
照れ笑いの理由は、初めて訪れたバーで眠ってしまったこと?
もしくは夢の中に現れたであろう、金髪の騎士?
夢の中で、なんだか美味しいお酒を飲みました。
あれは何だったんでしょう、思い出せない……
私は心の中で呟く。
そのお酒には、名前がなくて。
私はこう呼んでいます。
ザ・パーフェクトショット。
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